超実験的に朝一日記を始める。目が覚めた段階で人には何が書けるか【朝一日記】

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昔、といっても今年の夏前までくらいの話だけど、ずーっと夢日記を書いていた。夢日記というか半分は小説だけど。

当時はとにかく大量に小説を書きたかったので、目にしたものすべてに想像を膨らませるくらいにやっていましたね。小説版の大喜利みたいなものです。お題があって、それについて即興で書いていく。もちろん集中力がいるから四六時中ずっとはやっていられないけど。また復活させてもいいかも。

だから寝起きに一発、文章を書くというのは僕にとってはそんなに苦じゃないというちょっと変わった特性が身につきました。ただ、事前に計算しなさすぎているぶん実際に書いていて、自分でも何を書くかわからないという面が怖いなと思うこともあり、そういう意味で敬遠していたのですが、そもそも僕は書くときには何にも考えていないので今さら何をビビることがあるかとふと気づいたのです。

自分でも何を書くのかわからないから怖い、というのは、要するに人としてのダークサイドってことですね。もちろんすべての人間にダークサイドはあって然るべきなんですが、それを公開していいのかどうかという懸念があったんですね。今もあるけど笑。

ただまぁそんなところまで管理していたら、というか精神的な意味で縛っていたら、とてもじゃないけど大量の文章なんて書けないわけで、僕としてはそっちの方が嫌だなとこれまたふと気づいたのです。

文章というのは会話と違って後に残りやすいからやっぱり両者のケアの仕方は違うものになるのも頷けるんですけれど、僕は喋るように書くというスタイルを主に採用しているので、今の段階ではということだけれど、どうしてもそこで矛盾が生じてしまうんですね。

ほんで矛盾を解決するまで文量を抑えてみたりもしたのだけれど、体に悪いのでやめました笑。

そんで同時に朝一日記もやってみようかと思ったのでやりこうして始めたわけです。

まぁ個人的なブログは他にも持っているのでそっちで書いても良いのですが、そこでは自由に書いているように見せかけて方向性みたいなのがあったりするので(まぁなきゃおかしいということにもなるけれど笑)、あんまり自由に書けなかったりするのです。この適応能力の低さは個人的なこだわりを持ちがちな人間の弱点ですね。

弱点が武器にも使えるという点は、人生を攻略していく上での楽しい遊び要素やね。

by ちょっぺ〜

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